「やあ兄弟。今日も青白い顔してるじゃないか」
特に何もない休日、『code:0秘密基地』にて何をするでもなく時間を浪費していると奴が話しかけてきた。
「何、昨日も今日も狩りに出かけていてね。夢の中で猫と戯れていたところさ。
ところで、例のシステム、立ち上げることができたって本当かい?」
全く、一向に目当ての素材が出ないがために昨日は眠る気になれなかった。
おかげで森と丘には数え切れないほどの火竜の骸が横たわっていることだろう。
「システムってほどたいしたものじゃないがね。とりあえず動くようにはした。
まぁこれで、君さえ本気になればいつでもとりかかれるさ」
そう言うと奴は手にしていた紙袋から一冊の本をとりだした。
「あとは此方の要望になるんだが…、やっぱり魔法少女は必要だと思うんだ」
「なんだそりゃ? お前一昨日もソレを買ってなかったか?」
表紙には、白い外套を纏った少女とは多少呼びにくい年齢の、可憐な『魔法少女』がなにやら杖らしきものをもってにっこり微笑んでいる。
「バカ言っちゃいけない。これは女神だよ。おとといのは新しいタイプでね、それでもちろん2冊ずつ購入したよ」
何を誇りとするのか、奴はえへんと胸をはってリリカルリリカル呟いている。
「いいかい、君? 特典は欲しい。されど、そう言うものに限ってプレミアがつくのは『未開封』と相場が決まっているんだ。
特典もほしい、プレミアも欲しい…となれば選ぶ道はひとつだろ?
なに、手段は簡単だ。それだけの元手があれば僕の欲望は満たされる」
「そいつは何とも平和かつ無害な欲望だね。俺にはサッパリだ。
それより俺は明日の予習で忙しいんだ。とりあえずその話は後にしてくれ」
適当にあしらって、手元においてあった楽譜に目を戻す。
全くこの楽譜、曲のイメージは掴みやすいのだがいかんせん長さがある。強弱ともかく全体的にもう一度歌詞をさらうことも必要だろう。
「よく言うよ。君、いったい何冊『らっきょ』持ってるのさ?」
「……それは上下で1セットと数えても…」
「バラでお願いします」
「……7?」
「オマケにDさんも初版初版とか言って2冊買ったでしょ?」
はて、全く記憶に無い。どうしてあしらってやろうと考え込んでいると、奴は目の前のディスプレイを覗き込んできた。
「これは?」
「ああ。高校のときに暖めていたものでね。母親父親ともかく今も自分がこうして暖めているわけだが、どうしたものか孵らない。
だからちょくちょくこうやって手を加えているわけさ」
そういったこっちの言葉に怪訝な顔をして奴は言う。
「ん、それはいいがとりあえず5月末日の仕上げは大丈夫なんだろうね? 初っ端から大すべりなんて笑い話にもならないからね」
「ああ、一応あれは今先輩のところで預かってもらっているよ。多分一週間後ぐらいにはとりあえず基本のお化粧は終わるんじゃないかな」
その顛末に安心したのか、まだ不安なのか、そのどちらともとれる感じで奴は結論を聞いてきた。
「自信は?」
さて、どうしたものか。自信がなければそのカタチを人前に出そうとも思わぬし、かといって絶対の自信がそこに介在しているわけではない。
「うーん10羽ぐらい飛び立ってくれるかな?」
「それは弱気じゃない?」
「いやいや、違うよマイブラザー。そんなに目立つものを育てようと思ったわけじゃない。たとえば50羽をカゴから追いやって、ちゃんと幸せになったのが10羽だった場合と、10羽をカゴから追いやって、ちゃんと幸せになったのが10羽だった場合とではね、価値は一緒なんだよ。
だから結局50とか100とか、まぁ夢のまた夢だが売れたとしよう。でもね、その後の扱われ方ってのが、僕らのあり方に一番関わってくると思うんだよ」
「……つまり、それは少なくとも10人には大切にしてもらえる、それだけのものに仕上げた自信というやつかな?」
「まぁね。もっと大きい場所だったらもっと多くてもいいかもなぁ」
大きく伸びをして後ろに重心を傾けると、背もたれがきしんで妙な音が部屋に響く。
「ま、ちょっと悲しいかな。巣立っていく様子を見守っていくのは」
ギシギシと変なBGMに隠すように小さく呟く。
「ふーん。ま、僕としては補佐役みたいなものだからよくわからんが。
とりあえず食材買出しにいこう。この前の豚ヒレのチーズカツとかこんがりサイコロとか食べたいな。
あとアレだ。HDDがそろそろ一杯だからさ、見たい奴が会ったら早く言わないと削除しちゃうよ?」
思わず目を瞑って唸る。
「お前さ、一度ぐらい最後まで目を通してくれよな。あと、今日は魚の気分なんだが。それにお前のHDDって200GBぐらいあった気がするんだが」
「何、見なくとも君が並々ならぬ情熱で育てていたのは百も承知だ。そのうち時間をかけて拝見させてもらおう。
それと、今日はオニオンサーモンとアボガドなんかでどうだろう。
それにね、人の情熱はGBなんかで計れるものじゃないんだよ」
「ふん、まあいいさ。とりあえずまだ至らないところはあるけれど、何、時間はまだある。
最後の時間を有効に使わせてもらおう」
そう言ってゆっくりと席を立ち、ディスプレイを点灯させたままパソコンから離れる。手に持った楽譜を机に下ろすと、もう既に外が随分と暗いことに気付いた。
「よし、じゃ買出し買出し。あとさ、どうしてもあの黒い龍がひとりでは倒せそうに無いから後で城まで手伝いに来てくれない?」
「あれは火事場ガンナーでいくべきだろ……。というか強い武器を作れ、強い武器を!」
流れるままに靴を履き、取りとめもない会話をしながら外にでる。
外に吹くのは湿気を帯びた晩春の風。取り残された桜が目の前を舞っていた。
「しかし、日常に何かを忘れてる気が……」
「ん? 何を今更」
「あ、やっぱりわかったか?」
「うん、だってそれは、」
『やっぱりリリカルかつマジカルさが足りない!』
『うん、思うにツンデレ分が足りない!』
「……しねー」
「……くたばれー」
月も隠れる夕べの闇に、ただ風だけが僕らの奇行を笑っていた。
と、多分そう思われた晩春の夜、おりしも四月最後の日曜日のことであった。